童謡と言えば、文部省唱歌として教科書で見かけたり、
保育士になるため大学で学んだ保育の歌として、たくさんの曲を目にしました。
まだまだ若くて、アップテンポの今風の歌ばかり聴いていた時期。
良い曲かもしれないけど…とは思いながら、
目を向けることはほとんどありませんでした。
実際に保育士になってからも、
身の回りに溢れている音楽とはかけ離れているような気がして、
保育の中に取り入れることはほとんどありませんでした。
そんな私が、今更のように
今回の長月アフタヌーンピアノコンサートを通して、
童謡や詩人北原白秋と出会い直しました。
コンサート中にクイズをしました。
若い方の中には、北原白秋の童謡をほとんど知らない方が多かったですが、
ミドルエイジの方も曲名まではという方が多かった印象でした。
今からさかのぼること約100年前。
子どもをひとりの人格として尊重し、本物の芸術を届けようという
運動が起こり、児童雑誌『赤い鳥』が創刊されました。
そこに賛同する一流の音楽家や詩人、作家たちが作品を寄せました。
新しい子どものための童謡を生み出していく大きな動きの中で、
北原白秋は中心的な役割を担っていました。
北原白秋の童謡は、その創刊号の1ページ目を飾りました。
名前は、「赤い鳥小鳥」。
その時にはまだ曲はついていなくて詩のみの童謡として発表されました。
今唄われる「赤い鳥小鳥」の曲は、後に付けられたものでした。
これをきっかけに、数多くの童謡を生み出していきます。
その後、自身に待望の子どもが生まれたことも重なり、
子どもという存在を身近に感じながら愛情溢れる創作は続けられました。
以前の私は、北原白秋の作った童謡も雑誌「赤い鳥」の存在も知っていましたが、
そこに込められた思いや願いについて全く理解していませんでした。
今回童謡や詩人北原白秋に向き合うことで、
子どもたちにいい音楽を届けたいという想いをずっと持ち続けてきた
私の心を打ち、
もっと知りたい思いに駆られました。
最初に編曲を試みたのが、「からたちの花」です。
普通こどもの歌では、
1番2番と歌詞があってもメロディーは同じメロディーを繰り返します。
ところが、6番まですべてメロディーが違うという特徴を持つ曲です。
それだけでもとても驚いたのですが、
この歌の詞は、詩人北原白秋が親友の作曲家山田耕筰に贈ったものだそうです。
苦しい少年時代を送った山田耕筰の想い出の中にあるからたちの花と
自身の少年時代を過ごした柳川の想い出の中にあるからたちの花を重ね、
からたちの青いトゲには苦しかった少年時代を、
そして、丸い実には成人して夢を成し遂げていく願いを
重ねているようにも感じられます。
白秋の想いを受け止めて、
作曲家である山田耕筰が、その親友の想いに応えていった
友情の証でもあるような作品だと
背景を知ることでより実感しました。
詞のひとつひとつを大切に受け止めるように、メロディーが変化していく。
そこにも、この二人だからこそ生まれた音楽があるのだと感じました。
この曲は、1925年に発表されたものですが、
100年が経過した2026年の今でも、
色褪せず、そのやさしく温かい想いが伝わってくる感じがします。
こんなに素晴らしい歌が、100年を超えて今も残っている。
それを次の世代へ伝えていくことも、
子どもたちと関わる私たちにできる事の一つなのかもしれません。
コンサートでは、
この詞を歌う方はいなかったので、
画面に映しだしながら、ピアノの音に乗せて、
この美しい世界観を伝えたいと思い、演奏させていただきました。
普段から童謡に触れることは、今は多くありません。
しかしながら、何かの機会に触れて、
知らない人たちに伝えていくことの大切さも感じました。
そんな機会を
これからも作っていきたいと思ったコンサートでもありました。
北原白秋を主人公にした『この道』という映画があります。
北原白秋役を大森南朋さん、山田耕筰役をEXILEのAKIRAさん
が演じられています。
その主題歌「この道」は、もちろん北原白秋作詞、山田耕筰作曲で、
EXILEのATSUSHIさんが歌っておられます。
YouTubeでも聴くことができるこの曲。
ATSUSHIさんの艶のある、甘く優しい歌声が心に響きます。
そんな「この道」もまた良いなぁと思いを馳せました。
東京で活躍する一方、実家の火災が発端となり家業は傾き家は人手に渡り、
白秋は故郷を失ってしまいます。
家族も故郷柳川を離れて、東京で暮らすようになります。
その後、故郷柳川を偲び様々な詩歌が生まれます。
中には、望郷の想いが痛いように感じられるものもあります。
柳川の北原白秋記念館の展示室の入口に飾られているのが、
『帰去来』という詩です。
白秋が再び柳川を訪れることができたのは、
亡くなる前年の春のことです。
その時に作られたのが、この『帰去来』です。
当時、持病の悪化による眼底出血でほとんど視力を失っていました。
黒いサングラスを通してわずかに見ることができる景色。
詩の中には、故郷への懐かしさだけではなく、
「もうこの目で故郷の景色を見ることができなくなるかもしれない」
という切実な思いも感じられます。
そして故郷も、そこで過ごした人たちも、もう昔のままではない。
それでも、心の中にはいつまでも
その頃の柳川の景色と子どもの頃の自分がいると…
想い続けた故郷柳川で、多くの人から温かく迎え入れられたことは、
白秋にとって予想もしなかったことでもあり、大きな喜びだったでしょう。
当時の写真に写る黒いサングラスをかけているその瞳に、
きっと光るものがあったのではないでしょうか。
今も柳川では、11月1日~3日に命日を偲んで白秋祭が行われています。
故郷が誇る詩人北原白秋。
シンプルで、少ない言葉の中に、
人々の心を動かす情景を描くことができる詩人ではないかと思います。
今回のコンサートを通して、
こんなにも深く
北原白秋と山田耕筰の世界に触れさせていただきました。
感謝の想いを込めて、このブログを閉じたいと思います。
長い文章になりましたが、
最後まで読んでいただきありがとうございました。


