中国大陸や朝鮮半島に近い北部九州は、古くから海外との交流が盛んでした。
7世紀後半以降、古代日本の朝廷は、外交や軍事に関わる対外交渉の窓口として、
また九州から南西諸島を管轄するための役所「大宰府」を置きました。
「大宰府」は、朝廷のような機能を持つ役所で、
長官等の役職には、都から貴族が赴任しました。
九州各地から税が運び込まれ、海外からの使者や商人が訪れました。
日本最古の歌集「万葉集」には、長官の大伴旅人が催した「梅花の宴」をはじめ、
大宰府で詠まれた和歌が、数多く残されています。
太宰府は、古代日本文化の一つの中心地でもありました。
(特別史跡 大宰府跡 説明碑より)
ここで、みなさんに『太宰府ちょこっと雑学1.』
”大宰府”と”太宰府”ってどう違うの??
読み方は同じなんですが、どう使い分けるんだ?と思いませんでしたか?
実は私もなんとなく使っていたものですから、調べてみました!
大宰府・・・古代の役所とその遺跡を対象にして「大」を用います。
太宰府・・・中世(奈良時代)以降の地名には「太」を用い、
太宰府天満宮には「太」が使われています。
ということですので、
ここから先は、これで使い分けていこうと思います。

政庁を中心に官衙(かんが)と言われる官庁街が広がり、
外交使節を迎えるため設けられた客館などが、周辺に設けられています。
まるで京の都のように造られたそうですから、
道の名前に朱雀大通り、梅小路などの名前があります。
学校の歴史で学んだ遣隋使・遣唐使はみなここから大陸へと旅立っていきました。
有名なのは、阿部仲麻呂や山上憶良、吉備真備、
空海や最澄、中国から来た鑑真で
この周辺に色々な逸話が残されています。
菅原道真は、
藤原時平の陰謀で大宰府の大宰權帥(だざいごんのそつ=遣唐大使)に左遷されました。
さて、みなさんに再び『太宰府ちょこっと雑学2.』
”大宰府”って土地の名称じゃないの?
そうなんです!
“大宰”というのは元々は、
天皇の命を受けて政治を執り行う、
広い地域を管轄する地方行政官庁(役所)およびその長官の役職名を指します。
なので、土地の名前ではなかったのです。
長官は「大宰帥(だざいのそち)」と呼ばれ、
皇族や中納言クラスの高官が任命されました。
地方行政を司る官庁があって、長官がいた場所が「大宰の府」で
何時しかその場所を「大宰府」と呼ぶようになって、
中世以降土地の名称を「太宰府」と表記されるようになっていたのですね。
太宰府の歴史は、この地に大宰府政庁が置かれたことによって始まります。
しかしながら、私は時々太宰府天満宮に行くものの、
車でその前を通っても政庁跡を訪れたことがありませんでした。
引越ししたのをご縁に訪れてみようと自転車で出かけることにしました。
自転車で出かけるのは、私が住んでいる天満宮周辺から離れているのと
その途中にあるまだ足を踏み入れたことのない地域も探検してみようと思ったからです。
なぜ何十年とこの辺りに住んでいるのに訪れたことがないか?
政庁跡は、広々とした敷地の中にポツンポツンと礎石が残っているだけだと思っていました。
九州国立博物館がある訳でもないし、
天満宮の参道のように、
賑やかなお土産物店や美味しい梅が枝餅を売っているお店もありません。
若い頃の私は、歴史にもさほど興味なく、史跡などにも魅力を感じなかったのだと思います。
年を重ねると不思議ですね。
学校で学ばない歴史についても興味を持ったり、
実際に訪れその場所の空気を吸い、
肌で感じながら当時に思いを馳せたりするようになってきました。
ゆっくり時間をかけて、その土地の何かを五感を使いながら、
感じ取ることを楽しめるようになってきたと思います。

都の宮殿にならった建物配置で、南から南門、中門に進むと石が敷かれた広い庭へといたり、
正面の一番高い場所に正殿、左右に二棟ずつ脇殿があり、
それらを囲むように回廊がめぐらされていたようです。
正殿の背後には後殿があり、さらに北には北門があったそうです。


めぐらされていた回廊の跡を実際にゆっくり歩きながら正殿へと進んでいきました。
静かで鳥と虫の声しか聴こえません。
ただ悠々と時が流れていくように感じました。
そして、イメージ図を参考に建物を思い浮かべたり、
人々の姿を思い浮かべたりとしていると、
私なりの当時の世界がなんとなく見えてくるようでした。
色んなイメージをしたり、
それを膨らませていくのが結構面白いなぁと最近思います。
その当時にもあったのでしょうか?
回廊の横には小川が流れていました。
太宰府は、山の懐に抱かれるような町ですから、山からの湧水があちこちで見られます。
小川を流れ下った先には、政庁南門の前に水辺がありました。
睡蓮やその他の水生植物が咲いていたり、絶滅が心配されているメダカもいるようでした。
メダカがいるということは、その小川の水がとても綺麗な証拠です。



ちょっと散歩がてら訪れるつもりだったのですが、
予想外に自然豊かで心地よかったので、長居をしてしまいました。
すぐ側には、令和の年号にゆかりのある坂本八幡宮や
国宝の梵鐘がある観世音寺と
鑑真が開いたとされる三大戒壇院の一つなどまだ訪れてみたいところがあります。
まだ暑さが厳しいので、少し落ち着いてから、
もう一度ゆっくり訪れてみたいなと思います。



