太宰府散歩🚲③~観世音寺・戒壇院・コスモス畑

家の周辺にキリンソウの黄色い花が多くなって、ススキも穂を広げ始めました。
日中の気温は例年に比べるとまだかなり高温傾向ですが、
ゆっくりながらも秋らしくなっています。
先日ご紹介した 大宰府政庁跡の東側にある観世音寺のコスモス畑が、
だいぶ賑やかになっているようだったので、行ってみることにしました🚲
この前は、足を延ばす余裕がなかったのでリベンジですね!

観世音寺の東側一体にコスモス畑があります。
開花は遅いのではと思っていましたが、
だいぶ咲いてきていました。
ナンキンハゼの木が境内にあり、実が沢山ついていました。
もう少し熟すと褐色になって弾けると白い種子が出てきます。
種子の白い部分は、
昔はロウソクや髪油の原料として使われました。
秋が深まると紅葉します。

観世音寺は大宰府の庇護のもと九州中の寺院の中心となり、
「府の大寺」と呼ばれました。
白村江(663年)の戦い後、
唐・新羅連合軍からの侵攻の危機感が高まり、
九州北部の軍事要塞化を進めるため、
西下し陣頭指揮を執っていた斉明天皇がその最中に亡くなり、
その子天智天皇が、菩提を弔うためにこの地に観世音寺建立を発願したことが、
「日本書紀」の中に記されています。(670年頃)
80数年かけて746年に完成し、
761年には僧尼に戒を授ける戒壇を設置、
奈良県の東大寺・栃木県下野(しもつけ)の薬師寺と並んで
日本三戒壇の一つに数えられました。
観世音寺には、国宝の日本最古の梵鐘がありますが、
現在は、九州国立博物館で保存されているそうです。
また、804年遣唐使として唐に渡った「空海」は、
通常20年の留学期間をわずか2年で終了し帰国したため、
京へ入る許可が下りず、しばらく観世音寺に身を寄せたと言われています。

観世音寺 講堂
金堂:
私の足になってくれている愛車の自転車と
鐘楼:
梵鐘は、九州国立博物館に展示中のため
この時は見られませんでした。


仏教で戒律という言葉がありますが、
「戒」は、個人が守るべき「正しい習慣」や「道徳的な行為」で、
「律」は、僧侶の集団生活におけるルールとして区別され破ると罰則もあります。
「戒壇院」とは、仏教で正式な僧侶になるための
「授戒(じゅかい)」の儀式を行う場所でした。
奈良時代には、出家して僧侶になる(=得度)には国家の許可が必要で、
戒壇院での授戒がその証明となりました。
授戒を受けるためには難関の資格試験があり、
それを突破して初めて授戒を受けることができたそうです。
中世に至り衰退していったものの
戒壇院は、近世になり徐々に復興されていきます。
江戸時代1703年藩命により臨済宗の寺として観世音寺から分離独立し、
現在の福岡市博多区にある妙心寺派聖福寺の末寺となりました。
座禅や写経の体験ができるようで、本堂に案内がありました。

戒壇院 観世音寺側入口:
「西戒壇」「筑紫戒壇院」とも言われました。
赤い土壁が目を引きます。
戒壇院 本堂:
罹災と修復を繰り返し、現在の建物は江戸時代に再建されたものだそうです。
本尊 毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ):
大日如来とも同一視される仏様。
奈良東大寺の大仏様と同じで、
宇宙そのものを象徴し、智慧と慈悲の光明で世界を
照らす仏という意味があるそうです。
左右に弥勒菩薩・文殊菩薩が安置されています。

鐘楼:
乱石積の高い基壇上に建てられた袴腰付鐘楼です。

知ってはいたものの、どちらのお寺も初めての訪問でした。
大宰府政庁と同じ時代を歩んできた、とても歴史を感じる寺院でした。
身近にこんなお寺があったのかと今まで訪れなかったことを惜しく感じるくらい
四季折々の様相を見せてくれる、ホッとできる空間でした。
コスモス畑は、かなり面積が広く、一部遊歩道やベンチもあり、
ゆっくり散策を楽しめます。

紅葉するだろうと思われる木々も多かったです。
大宰府政庁跡、坂本神社、観世音寺、戒壇院と比較的近い位置にありますから、
これからの季節、足を延ばして訪問されると散策に丁度いい感じで、
ゆったりとした時間を過ごせるのではないかと思います。
次は、坂本神社もご紹介できたらと思います。