子どもの頃に止まったピアノ、その続き🎹

教室に訪れてくださる大人の方の中には、
「子どもの頃に、少しだけピアノを習っていました。」
そう話してくださる方が、よくいらっしゃいます。
そして、
「ソナチネ(または、ソナタ)に入る頃に止めました。」
「中学校(または、高校)に入るタイミングで止めました。」
そう話しながら、
少し申し訳なさそうに、その頃のことを想い出される方もいらっしゃいます。
その様子を見ていると、
私には、なんだか少し寂しそうに感じられることがあります。

レッスンを始められると、
しばらく弾かれていなかったものの、
楽譜を見ながらしっかりと打鍵されて弾かれる様子や
久し振りに弾くことに緊張しながらも、
一音一音を大事そうに弾かれる姿があります。
その様子を隣に座って見ていると、
”この方は、ピアノを弾くことや
音の響きの中いることがお好きなんだなぁ・・・”
と感じるのです。

私が感じたことをお伝えすると、
意外とご本人は、そう感じていらっしゃらないことも多くて、
「今初めて、自分がピアノを弾くことが好きだったんだ。」と
気づきました。
とやり取りをすることがあります。

大人になってから、もう一度ピアノに触れてみると
ふと改めて気づくことがあります。
その当時は、言葉にはできなかった想いに気づいたとき、
子どもの頃とは、少し違った景色が見えてくることもあるのです。


子どもの頃とはちがい、
今は時間の流れや、日々様々な出来事の重なりの中で、
ピアノに向き合っています。
子どもの頃のように、
誰かと比べられることもなく、
できる・できないを急がされることもありません。
ゆったりとした自分のための特別な時間だと思います。

感じる力(感覚)は、子どもの時から育まれています。
その土台を元に、
今大人になったあなたが感じる世界の中で、
ご自分の奏でた音を聴き向き合っています。
昔、うまくいかなかった気持ちや、
続けられなかった自分への想いが、
ふと浮かぶこともあります。
瞬間的に様々な出来事が、浮かんでは消えていくかもしれません。
そこに大人になった今だからこそ、

「ああ、そうだったんだ。
 私は子どもの頃からピアノを弾くのが好きだったんだ」

と腑に落ちることがあったりします。
その時の生徒さんの表情は、
とても穏やかで優しいお顔をされています。
何か胸の中でザワついていたものが、
晴れていくような感覚なのかもしれません。
教室でレッスンをしていると、
ふと浮かんだ気づきを、少しずつ言葉にされる方がいらっしゃいます。
「間違うことばかり気になっていたんですけど、
今は、音の波の中にいる時間がとても気持ちいいです。」

こんなふうに話してくださることもあります。
ご自分の奏でる音と向き合った特別な時間の中で、
音を奏でることを味わっていらっしゃる様子に感動します。


こうした変化は、
子どもの頃にピアノを習っていた方だからこそ、
自然に起こってくるものなのかもしれません。
次回は、教室でよく見られる
もう一つの「大人の再開のかたち」について
お話ししていきますね。