レッスンの前、
練習をされている音が、ふと漏れ聴こえてくることがあります。
レッスン室のドアを開けて、
ほんの少しの時間の他愛ない会話。
その方の表情や声のトーンを感じながら、
大人の方のレッスンでは、
「今日はどこまで弾けるか」よりも
「今日はどんな気持ちでピアノに向かえるか」を
大切にしています。
すぐに楽譜を開くことは、あまりありません。
『今日は、どんな気分ですか?』
『昨日までどんな感じでしたか?』
とあえて伺ってみます。
話していくうちに、
少しだけ高かった声のトーンがやわらぎ、
肩の力がふっと抜けていきます。
ほんの少し、呼吸が落ち着く時間に。
仕事帰りのままであったり、
日々の忙しさから離れた心が、
ゆっくりと音の方へ向かっていく時間に。
その静かな移り変わりを、
お隣に座ってただ感じています。
それは、上手くなるための前に、
音がその人らしく響くための準備の時間。
音は、心のどこにその方がいるかで、ずいぶん変わるからです。
そこからご自分しか味わえない特別な時間が始まります。
『さあ、始めましょうか?』
の言葉の後、
ご自分の音の世界の扉を開けて、
音が紡がれていく時間が、始まります。
自分が出したい音を探ったり、
音や指遣いを確認しながら、
無心になって何度もトライを繰り返しながら進んでいくうちに、
何かを発見されることもあります。
お隣に座っていると、
その方がどこに向かっているか、
熱い想いが伝わってきたりもします。
私もそこに心のベクトルを重ねて、進んでいきます。
そんな時間は、毎回おなじではありません。
毎回、音の表情や流れは違っていて、
一期一会なんだと思います。
今日もまた、音の世界がひらいていきます。
そのお隣で、そっと耳を澄ませながら。


